昭和45年3月25 朝の御理解
末永静行
御神訓一、「生きたくば 神徳を積みて長生きをせよ。」
生きたくば 神徳を積みて長生きをせよ、これは生きるとか死ぬるとかという事ではないと思われますね、おかげをいたた、え~、受けたくばということですね、おかげを受けたくば神徳を積みておかげを受けよと。問題は神徳を積んで長生きをせよと仰るのですから、長生きの上にも、ね、いわゆる、おかげを頂きたくばということ、だれでもおかげを頂きたくばおかげを頂くないという者はないのですから、ね、そんなら、神徳を積んでとこう仰る。ね。
神徳を積むという事はどういうことかと、金光大神はこういうようなふうにも教えておられますですね、読みますから聞いてください、「わしも、はじめは百姓じゃ、百姓じゃったが、信心して、今年は何を植えるがえ、今年は何がえという事を教えてもろうて、作徳を頂いたのじゃと」あります。ね、今年は何を植えたらいいぞと、今年は何がええぞと言うて下さる通りにですね、教えてもろうて作徳を頂いたのじゃと仰せられる。自分も元は百姓じゃったと、ね、その百姓がです、このようにおかげを頂いてきたのは作徳を受けたのじゃと。
今年は何がえ、今年は何がえと、いうて下されたからその通りのことをしてきておったら作徳を受けたのじゃと、ね、私はこのへんのところがね、大事じゃないかとこう思うのです。だから、まあ、次にはこういう心持にならなければという事を同じ、そこを続いておる( ? )、「まあ、みな信心をせよと、金光大神はどうもならんといわれればじっと寝るような心持になるのじゃから、あなたもそういう心にならんせい、どうもならんと思う時にでもわめきまわるようなことを砂、じっと眠る、眠とうなるような心持にならんせいよ」というておられます、ね。
もう金光大神の悪口を例えば言う人があると、ね、金光大神はどうもならんとこういうような時に言うなことを聞く時にですね、自分は眠とうなるような信心をするというておられます、それが、何をするのかというじゃなくてですね、もうじっとこうその事を心おちつけていきよると、眠とうなる、問題じゃなくなってくる、だから、あんたも、ね、そういう時に慌てふためくようなことをせずに、眠うとうなるような信心をさんせいなぁと言うておられます、さんせいようと言うておられます。
じっと、眠うとうなるような心持にならんせいようというておる訳です。この眠うとうなるということなんか大変な難しい事だと思いますねそれでは。ね、お話を頂きながら眠うとうなるというのじゃないですね、お話を頂きながら眠とうなるのはいけません、けれども、何かそこに大変な事が起こった時でもです、眠うなるような信心、これは大変な事だと思うんです。絶対おかげになるですね。 これは私がまだ北京から帰って間もない闇商売をしておる時分のことでした、こちらの浮羽郡の方に、郡の物質がたくさんありましてね、そん中に鶏頭がたくさんあったんですよ、その鶏頭をどんどん買い占め、買い占めやつが、買いあさってですね、でそれを福岡の闇道場に出すんです、もうずいぶん大変な儲かりになりましたですね、何倍になります。
もう皆、かばんの中に少しばっかり入れてもっていくんですよね、電車の中に。それでもやっぱ費用ぐらいは出よった、それを私は10本というこんな大きなそうです、両方に下げてもってました。ね、はぁーあんまり大胆なってみんなが言うんですけど、もうなんちいうんでしょうかね、一生懸命信心がある意味ででけておる時ですから、自分な捕まるようなことはなかとこういうふうなガムシャラナ信念をある意味でもっていた訳ですね、あとから考えて見るとあれは慢心だったと思うんですけれども、それがです、やっぱりおかげを頂いたんです。
ところがですね、私が持っていきよってから引っかからなかったけれども、その、売り先の方で足がついてきたんです。市場に売っとったらこれはどこの誰が持って来たかとこう言う事になってきた。ね、それをやっぱり、その、漠然と、その、しとるけれども、やっぱり尋ね求めしてからですね、私の方へ当夜の方へやってきた。
その当時の軽罪の方達ですね、あの時分なもう今の税務署のごと嫌われとったです、軽罪の刑事というのは。ね、そして、その、まあ、いついつ久留米署に出頭せよと言うわけなんです。やらせて頂いたもうそれはもう大変脅しすかしてからですね、その福岡の方へ、その、鶏頭をだしよろとこういわれる、「出しよらん」と私がいう、もうとにかく押し問答ですよね。
もう、ちゃんともうそれは上がって訳なんです、お前がいくら隠したって、ちょっと渡辺通りの、渡辺通りの闇市場のどこどこに売っとろうがち、「知らん、自分じゃない」という訳なんです。ね、ところが、その、あんまり押し問答だもんですから、向こう、その、向こうも少しモヤモヤしてきたんでしょうね、今から昼食をするって自分らは、ね、だから、また昼食をしてから十文をするとこういう訳なんです。
そこで私はね、久留米警察から善導寺の教会まで自転車で一生懸命やって、お参りにきたんです、お願いにきたんです改めてまた。「実はこげなん風で、実際は私が福岡に出しとるどころじゃないですけれども、出しとるということになったら売った人も買うた人も大変な迷惑になる事だし、私としても大変な大損になることだから、どうぞ、おかげを頂きますようにち。」ね、だから、お願いちいう事はどげんなん事でんよかこつが分かりますね、これはもう私のしかし20何年も前の話ですよ、ね、闇商売をしておった時分の話なんです、ほいからお取次を頂いてお願いをしてからまた帰った、帰ったばってんまだそこに自動車がその刑事さんがきちょらんとですよ、調べる人が。十文される前に机がありますもんね、それがね、どういうような事だったか知らんけれども、私はその机に寄りかかってから頭をこうつけたら眠ってしもうとったんです。もう、それこそ、しばらくしたと思う取ったら誰か肩を叩きよるこうやって、したらその刑事さんです、ね。さっきから来たばってんあんたはおらんじゃったがどこへいっとったかちいうとですよ、それけん私がお参りをしとる間にきとる訳です、そしてまたおらんもんじゃけんで、自分はもうどこさん行っておる、時間がずいぶんそこにたった訳です、そのずいぶんたっとる間にね、私はそこで眠ってしまう、まあ、これは今日のその眠るようなということですよね、心持ということ、これがおかげになるという事、ね。ね、実は私はね、金光様の信心をするもんじゃからそげんなん馬鹿なことはせん、という訳なんです。皆さん、これは、皆さんが今頃真似されたら困るとですよ、(笑い)いやば、私の昔の話なんですから、だから、今ここに金光大神のこれを読んどるのも、なら教祖様、生神金光大神を受けられる前の話なんですから、そこを皆さんがそのつもりでお聞きにならにゃいけません、ね、けれども、眠る、どういう中にでも眠れるような気持ちを受けという事がおかげを受けるという事を、まあ、話しておるだけですから、皆さんが悪かことしてからそげんなんこっちゃないですからね。
私は金光様の信心をしよるけん、そげんなん悪かこつはせんて、御神米をいつもこの胸にちゃっと入れております、これを見て下さいと言わんばかり、いわゆる、神様をまるきり商用に使ってるような時代があった訳なんですね。自分な金光様の信心じゃけんで、しらごとは言わんといいながらしらごつばっかり言うちから設けよる時代なんですからね。神様様こそよい迷惑であっとろうけれどもです、そこで一つの信念のようなものが生まれてですね、まだその当時はそれは信念だと思うておった、そして、なら、大きな普通はカバンの中にしか入れてしか持っていけんようなものを私はひとコンポも二コンポも持っていきよったです本当に、それでもいっちょんそれで、あの、つかめられることはなかったです私は、ね、ところで、その向こうの方から安治がついてきて、そして、まあどういうふうにして調べて、それが実際はやっぱ脅しじゃったでしょうたいね、その、もう安治がついとるとか、向こうの方は調べとるとかというばってん、そことても違う、漠然なもんなんですから、まあ、私にけし掛けて白状させようという訳なんです、それで、私そういう中にあっても善導寺にお取次を頂いてから帰ってきたばってんまだきとらん、机の上に私よりかかっとる、そのまま眠っとった。ね。
だから、自分は金光様の信者じゃからそういう事はないとこう、まあ、断言してです、例えばね、考えてみちくださいち、あなたがいいなさる、ならたくさんな大変な闇をしとるとするならですよ、とてもあなた達から呼び出されちから、こげんして十文されるならとてもきがけじゃなかって、私もぬれ衣を着られるのは嫌だから、着せられるのは嫌だから、ちいうてしらごともいいよる別けたいね、(笑い)、嫌だから、私は今、金光様に私の金光、そしたら、その金光様はあんた善導寺まで参らんでよかでしょうもんちいう、それは、私は善導寺が手続きの教会じゃから善導寺に参ったんですけどね、こんな、例えていうならね、そういう悪い事をしとって、私がここの警察の、あなたの前でですね、ぐうぐう眠られるはずはないじゃないですかち、言うたらもうそれきりでしたよ、なら、また呼び出すけんまた来て下さいち、いうちから呼び出しもなんもなかった、それきりじゃった。そんやっぱ眠っとった事がほんなことと思うたんでしょうね、(笑い)。
だから、眠るという事はそういう意味なんですここでは、じゃろうと思うんです。ね、金光大神のことをとやこや言うものがあったら私は眠るような気持ちになるちいうておられます。眠るという事は、眠るということでしょう、あちらのほうでは、方言では。ね、だから、あんたもね、いわば、もう、びっくりする事が起こったお願いに誰かが来たんですよ、そういう時にておざをするような事じゃあっちゃならん、じっと目をつぶとったら眠るぐらいな信心をさんせいとこういわする、いうておられるわけです、ね。
そういう信心、同時にですね、いわゆる、今年は、まだこれはお百姓時代ですね、今年は何を植えたがええ、今年は何がいいといわれりゃ、その通りのことをさせて頂いておる内に作徳を受けたとこういうておられます、ね。作徳というのは作ると書いてある、ね、作徳を頂いたのじゃ。そこでね、勿論ならそうされたからというてね、決して良いことばかりでは決してなかったという事なんです、ね、神様があー言いなさったけんあーしたけれどです、ね、返っていけなかったという時もおありになっただろう、それはその後の金光大神の御伝記を読ませて頂いてもそうなんだ。ね。
けれどもね、神様が教えてくださった事だからとしてです、その通りの事をしよった内に作徳を受けたとこう仰っておられる。お徳を受けるという事はは私そういうことだと思う。それを、ここでは、ね、神様任せになる事だと、神様任せになるという事は親先生任せるになる事だと。親先生任せになったらこげんなん事になった、親先生任せになっとったら損したと、ということもあろうけれどもです、それをね、素直に神様任せ親先生任せになっていく内にです、作徳を受ける、いうなら、お任せしきるその心がね、お徳を受けていく事になるのです。ね。そこにです、先にはね、氏子が神様任せなら、神様が氏子を任せになると仰せられますから、といったようなおかげになってくる。私もそうです。神様の仰せ通りに下からというて、決してそれが良かったという事だけじゃないけれども、ね、私はやっぱり同じ意味で、いわば、作徳を受けてきたと思うんです。ね。
一年間はもう徹底親先生任せでやってきたけれど、もう二年目からはあんまり当たらんから、もう自分でお願いしてから自分のよかごとするという人が合楽にもたくさんありますよ。ね、その、お願いをしておる、お取次を頂いて言われたとおりのことをすればです、ね、おかげになるとは限ってない、神様が下さろうとするのはお徳の事なんだから、ね、神様の仰せどおりに仕りましてからの事なんだから、ね、どこに、御神意があるやら分からんのだからとして、それを有り難く頂いていくような信心が続けられていく内に、いわゆる、作徳を受けるのじゃないでしょうか、ね。これが商いのものであるならば、さぁー今度は何を買え、何を売れと言われる通りにしてきたら、ね、商と、商いの徳といったようなものになるじゃないでしょうか。ね。
そして、その先にはどういうことになっておるかというと、氏子任せなら神様は氏子を任せになると仰せられておりますと仰る。ね、これは三大金光様のお言葉ですよね。こちらが神様任せになりよたらもう神様の方が大坪総一郎任せになってくださって、段々おかげを下さるようになったとこういうのである。
皆さん、お徳を受けていく、ね、だからおかげを頂きたく、頂きたいならばです、本気で一つ作徳を受ける気にならにゃいけません、ね、それには、やはり素直な信心、いわゆる、任せ切る、任せたからというてそれが自分の思いようになるという意味じゃないけれども、神様が仰せられたから、今年は何を作れ、今年はあれを作れと仰るなら、その通りのことをしておったら作徳を得たと仰るから。私は信心のね、一番大事なことはそれだとこう思うんです。ね、そこにです、お徳を受けるという事になり、そのお徳が長生きの元になり、そのお徳がね、願わんでも、頼まんでものおかげになってくるのです、ね。
神様の仰せどおりに仕りますといったような生き方こそがね、私は最近言ってる、和賀心だとこう思うんです。または、眠るような心、どのような事があってもです、眠れるほどしの心こそ、私は和らぎ喜ぶ心というもののが根本になってるんだと思うんです。それがおかげの元になり、それがお徳を受けていく元になる。
そこで、御理解にね、御理解72節に、人間を軽うみな、軽うみたらおかげはなしとあります。これは人間を軽うみな、軽う見たらおかげはなしということはね、人間だけじゃありませんよ、物でも物事でも軽う見たらおかげになりません、これはもう断言しておられる、軽う見たらおかげはないっち、人間を軽う見たらおかげはないっち、物事を軽う見たらおかげはないっち、ね、例えば物をお粗末にするという事はね、もおかげの頂けない元を作っておるようなものだ、ね、神様の御物として大切に取り扱う、事柄でも神様が下さった事柄として、それを実意丁寧に接していこうという心構え作る、ね、勿論、人間、皆が神様の氏子と言われるのにです、器量がいいから悪いからと言うて、ね、風采がいいから悪いからというて、その人を軽う見たり、重う見たりするという事はです、ね、これは、本当にやっぱりおかげを受けんでしょうね、うん、あれは頭がいいから頭が良いから、というて、その、それを軽う思う扱うたんではおかげにならん、人を軽うみな、軽う見たらおかげはないと仰る、一子同人、すべて皆が神様の氏子としての見方、扱い方をさせて頂くところにです、私はおかげを受けられる。金光様のご信心させて頂くものはね、そういうところは、本当に日ごろ心がけておかなきゃいけないと思う。
そこで、私は今日の、いわば、結論なんですけれどもね、行きたくば神徳を積みて長生きをせよということをですね、おかげ頂きたくば神徳を積みておかげを受けよと。理屈は同じでしょうが、ね、おかげを頂きたくば神徳を積みてという、その神徳を積む積んでいくことがです、例えば今も申しました、大変難しい事ですけれども、どのような例えば難しい事があっても、眠るような心持、ね、または、ね、もう神様に任せになっておりさえすればというどのような場合でも神様任せで進んでいけれるという信心を、まあ、作徳という意味で、作徳を受ける、受けたと教祖が仰っておられるから、ね、確かにそうだと、私も例えばそういう意味合いで神様任せにならせて頂きよったら神様の方が私任せになってくださるほどしのおかげを受けたという事になってきた事を聞いていただきましたですね。
そして、最後に人を軽うみな、軽う見たらおかげはなしという事を今日の結論にしたいと、というところをです、私はね、今日は分かって頂きたいというのはね、おかげを軽うみな、おかげを軽う見たらおかげはなしという事なんです、ね、頂いておるおかげをね、私が( ? )、でけたごと思うというような心がね、もうすでに次の本当のおかげになっていかんのです、信心しとれば目に見えるおかげより目に見えぬおかげの方が多いと仰っるが、その目に見える、見えぬおかげはまあ、気付かんなら仕方がないと致しましてもです、目に見えるおかげをです、自分が働いたから、自分がこうしたから、自分のやりようがよかったから、または気がつかない、ね、いわゆる、どれだけお礼を申し上げても、お礼を申し上げても足らんほどしのおかげを受けておる事をです、おかげをそのおかげを軽う見るところから次のおかげがいただけんのです。ね。
最近、いわゆる、和賀心いうことがいわれる、ね、和賀心ということにいよいよ焦点を信心させて頂けば、願わんでも頼まんでもおかげが受けられるんだと私はいっておるでしょう、ね、例えば( ? )そうです、願わんでも頼まんでも頂くおかげをですね、いわゆる、神様のおかげじゃないように思うところから間違いは起こってくるです、はぁーどうぞお願い致します、先生どうぞお願いしますというて毎日、毎日お参りをしてお願いをして、その事が成就すると、はぁー広大なおかげを頂きましたという。今度は願わんでも頂くおかげになってくるとですの、はらこれは先生にお願いをして頂いたおかげじゃなかけんで、ちいうておかげをおかげ、ね、してみるとですね、この和賀心時代に入って、神様がもう願でも頼まんでもおかげを下さるようになって、そのおかげを頂いた為におかげをすとっんと落としてしまうような結果になるという事がいえますね。これはお取次を頂いてから頂いたおかげじゃなかけんで、これは親先生にお願いをしてから頂いたおかげじゃなかけん、これは不が良かったとか、これは自分がやりようが良かったけんおかげを受けたというようなことではね、おかげを受けられないということを、これからはそういう時代になってくるんですから、願わんでも頼まんでもおかげの受けられる時代になってくるですから、ね、ここんところを一つ本気でね、私は性根を据えて神様のおかげをおかげと見極めれる信心をね、もう本当にいくらお礼を申しあげてもお礼を申し上げてもお礼が申したりないという信心になっとかなければいけないという事を分かって頂きたいです。
昨日の朝、久保山さんがお知らせに頂いておられます、善導寺の久保山さんが、ね、もうぞっくり芽がでてる、何の芽だろうかと思うたら芍薬の芽だった、芍薬という花がありますね、いわ、本当の意味においてのおかげが、おかげの芽がぞっくり出てきたんだ、ね、まあ、これは合楽全体にいえれる事でもあろうと思う、ね、皆さんが十年、また十五年、または長い人は二十年、一生懸命の修行をしてみえて、今年という年は、ならとにかく押し投げてです、ね、もう、合楽の信心は願う信心からですね、頂く信心という事にならにゃいけんって、ね、願ってもらうんではなくて、願わずしてです、神様が限りなく与えてくださる、それを受け止めれる和賀心という心を持って受け止めていけれる信心に一つのそういう転機に立っているんだと。だから、願わずでもおかげどんどん頂ける時代になってです、本当のおかげがこうやって頂け、ぞっくり芽が出だしです、その芽が伸びた、そして、花が咲いた時です、ね、そのおかげをね、素晴らしいおかげとして頂く。ね。
歌の文句にあるように、立てば芍薬、座ればぼたく、愛の姿がゆるいの花というようにです、私共が立ってもしゃがんでも例えば歩いておっても動いておっても素晴らしいなぁ金光様のご信心というのは素晴らしいなと。
ところが、おかげが立ち上がった、立ち上がった時にはもうそれは見苦しい物になっておったような事ではいけないことは教えてくださったと私は思うんです。ね、おかげが立ち上がった、ね、素晴らしい、それこそ、芍薬の花にもたていようもないほどしのおかげをです、そういうおかげを本当におかげと実感できる信心なんです。ね。そこにきが、いわゆる、本当のいやば信心がでけとらんです、少しばかっかり信心しよると、はじめの間おかげ、おかげちいいよるばってん、いよいよ大きなおかげになって立派な、例えば人が見ても立派なおかげだと思うごたるおかげになってくるとです、もうそれを神様とおかげとはいわずに、自分のやりようが良かったけんのようなことになってくる。 昨日は中村さんの謝恩祭でしたが、そのあと私は皆さんに、それこそ、頼むように、また怒るように、まあ、お話を聞いてもらったんですけどね、ね、例えば心というものがです、例えば、肉体もです、私もが何日かもう寝不足になってくると目がしぱしぱしてくるように、ね、例えば一食修行したり、断食をしたりすると、もう五日するともうへとへとなるようにです、心にもね、やはり芽があると、口があると私昨日申しました。だからね、心にもですね、やはり、その、心の糧というものを与え続けていかなければいけません。ね。心にも芽があるのですからね、心がね安らぐ為の信心をしなければいけません、いわゆる、今日は眠るような信心ですたい、それを心を眠らせようともしない、ね、心に糧を与えようともしない、だから、おかげを頂く時にはもう痩せほそっと心になっておりますから、我情我欲どんばっかり強くなって、よしおかげは受けておってもそのおかげの為によろよろせんなりません。ね。
頂けば頂くほどのおかげがな、有り難いこじゃなぁと、勿体無いことじゃなぁと、たったこのぐらいな信心でこのようなおかげを頂いてと、一家中のものがそれを話あえれるような信心をいただかにゃいけません、ね、本当に心には糧を与え続けなければならない、ね、心の芽はいつも眠らせるような心の安らぎというものを頂く、頂き、しかし、それを求めてです、ていく信心に本気でならなければいけない。ね。そこからね、そこから私は神様任せになれるほどしの素直な心も、ね、またはいよいよの時に、それこそ、眠気がつくぐらいな信心、普通なら心配で眠られんごたる時にです、どうしてこげんぐっする眠れるじゃろうかと自分で思うぐらいです、眠れるような信心をです頂いて、心の糧が続けて、頂き続けられておる、心が適当に眠る事を知っておる、ね、そう言う信心の基礎というものをです、本気でしっかりふんまえての和賀心時代に突入していかなければならん、そこには、願わんでも頼まんでもおかげが頂けれる、そうなった時に、願いもせんじゃった、頼まんじゃった、お取次頂かんじゃったばってんこげん頂いたっちゃけんで、な、だから、さぁーお願いをしてからおかげを頂いた時にはもうさぁーと、それこそ、日ごろは100円しよったっちゃ、お初穂を1000円もしてる、お神酒の一本をもってきて広大なおかげをいただきましたというて来るでしょう、所が願わん伝頂いたときには、もう見えるどんな火、御礼し用地いう気持ちも起こらん、そういうことでは金光様のご信心はおかげに習って、それこそ、ね願でも頼まんでもこのように、例えば、芍薬の芽が出てです、ね、その立ち上がって咲いた時にです、( ? ) 神様のおかげなればこそというおかげが頂けれるようになった時です、本当の私は信心というのはそういう信心だと思うです。
だから、みなさん、この和賀心時代に突入した、願わんでも頼まんでもおかげを受けられる時期が合楽にも段々近づいてきた、そういうおかげを頂いた時にです、立ち上がった時にです、見苦しいような事のないような信心をね、今こそ、しっかり自分の心に頂き止めとかなければならんということ。ね、こうなってまいります時に、行きたくば神徳を積みて長生きをせよとがね、おかげを頂きたくばです、おかげを頂きたくば神徳を積んでのおかげでなかなければいけないという事が分かります。
神徳を積んでまいりますとね、もうすべてが有り難いことになってくるだけではなくて、目に見えるだけではない、目に見えないところのおかげまでもおかげをおかげとキャッチする事が出来るからまたそれにはおかげのおかげの花が咲くようなおかげになってくるのです。
一番怖いのはね、おかげをおかげと思わない、おかげを軽うみるところから、また、軽いおかげになってしまうのです、ね、おかげをおかげと思わない、おかげを、いわば、軽う見る信心にはおかげはなし、と私は断定していいと思うですね。
どうぞ。
末永静行
2007年3月14日